気温が下がって、過ごしやすくなってきました。
そろそろ夏物の洋服を見直そうと、
少しずつ断捨離をしています。
外出先がほぼ決まっているので、
毎日、似たような服ばかり着ています。
ということは、洗濯の頻度も多いわけで。
「まだ着られそうだな」と、
来シーズンまで持ち越してみたものの、
いざ次の出番がやってくると、
なんだか、よれっとしている。
外に着て出るには、どうかなぁ?と、
迷ってしまう服があります。
ほんの数か月前まで、
当たり前のように着ていた服なのに。
その間で状態が変わるとは思えないけど、
毎日見ていると、
変化には気づきにくいのかもしれません。
少し時間を置いてみる。
少し距離を置いて、改めて見てみる。
そうすると、
そのときには気づかなかったことが、
ふと見えてくることがあるというのは、
洋服だけの話でもなさそうです。
「なんとなく気後れしてしまうな」と思う服は、
処分するか、スーパーにある古着回収ボックスへ。
状態はとてもいいのに、
なぜか手に取らなかった服は、
重く感じたり、首回りがチクチクしたりと、
ちょっとした不具合を感じたモノ。
そういう服は、
リサイクルショップへ持っていきます。
リサイクルショップへ持っていきます。
ハイブランドのものはひとつもないので、
どんなに状態が良くても、
買取金額は、まったく期待できません。
それでも、5,000円以上したものは、
わりと持っていくことが多いです。
もったいないと思うものこそ、
なるべく良い状態のうちに、
次の使いみちにつなげる。
次の使いみちにつなげる。
そう思っているから、
買取金額がいくらだったとしても、
買取金額がいくらだったとしても、
リサイクルショップからの帰り道は、
足取りが軽い。
この感覚を知っているから、
私にとって断捨離は、
「痛み」ではなく「解放」なのかも。
自宅のものだけでなく、
実家に残っていたものも含めて、
これだけ断捨離をしてくると、
さすがに自分なりの
「物との決着のつけ方」が
少しずつ決まってきました。
両親を見送り、
そのあとの片づけをしたことで、
最後はなにも持っていけないということを
思い知らされました。
「ちょっと身の回りを整理しようかな」
と思うタイミングに、
このことをよく思い出します。
もちろん、
どうせなんにも持っていけないんだから、と
すべて手放せるわけもなく。
暮らしの中で役目を持っているものもあれば、
ただ執着して手放せないものもある。
だからときどき手に取って、
執着の温度を確認するのかも…です。














