実家に行って、いよいよ父の服の整理をしてきた。
もともとの量からすれば、
これでも三分の一くらいには減らしていたんだけど、
これでも三分の一くらいには減らしていたんだけど、
なんとなく残してしまっていた。
あれから一年。
ようやく、踏ん切りがついたというのか、
「私がやらなくて、誰がやるんだろう」と思った。
一枚一枚、あらためて手に取ってみると、
思っていた以上に傷んでいて、少し驚いた。
襟の汚れは落ちきらず、
生地もずいぶんと薄くなっている。
父は、洋服にまったく関心がなかった人だった。
母が選んで買ってきても、地味なものでなければ袖を通さない。
気に入った服というより、
ただ「着やすい服」を、ずっと着ていた人。
そういう人だったなぁ、と、
少し懐かしく思いながら、手を動かした。
また別の日には、妹と一緒に実家へ。
押入れ三間ちょっとのスペースに、ざっくりと集めていたものを、
最終的に妹にも見てもらうためだった。
私には不要でも、妹には必要かもしれないから。
祖母のアクセサリーや、母の日記。
祖母はとても倹約家で、
高価なものは持っていない、と聞いていたけれど、
それでも一つひとつに、祖母を感じる。
自分のものにはお金を使わないのに、
孫におこづかいをくれたり、
誰かと出かければ、さっとごちそうをする人だった。
もしかしたら、そういうことをしたかったから、
自分のものは後回しだったのかもしれない。
妹はアクセサリーを手に取りながら、
「こんなの持ってたっけ」とか、
「これはちょっと好みじゃないかな」と、
ひとつひとつに言葉を添えていく。
母の日記も同じで、
「まめな人やね」とか、
「こんなことまで書いてたんや」とか。
そしてぽつりと、
「こうして見られるのかぁ。
見られて困るものは、早めに処分しとかんとね」と。
見られて困るものは、早めに処分しとかんとね」と。
私は五年日記を書いているけれど、
内容は誰に見られても困らないことだけ。
それでも、今日のページを書きながら、
一年前の同じ日を読み返すのが、ちょっとした楽しみになっている。
「あれからもう一年経ったんだ」と、
その日を思い出せる時間が、なんとなく好きだ。
アクセサリーの残りは、
古着を扱っている知り合いの女の子に一度見てもらおうかな。
そのあとで、手放そう。
額に入ったものたちも、
ちょっと迷って手放せていなかった。
妹や娘が描いてもらった絵や写真に、母の刺繍。
手放しづらかったものも、妹と一緒に見ることで、
ようやく決めることができた。
雛人形は、専門の買い取り先を探して引き取ってもらう予定。
お人形自体はきれいだけれど、ガラスケースの汚れが気になる。
手放すとしても、
やっぱり、きれいにしてから送り出したい。
ここまで整理して、
残ったものは、押入れ一間分。
ここに最大の難関、アルバムが残っている。
父と母、祖母のものは、
その二十倍、三十倍はあるんだよなぁ。
これはなかなか手ごわそうだけど、
今度は妹とじっくり時間を取って整理しようと話し合った。
いい写真を選んで、データに残す。
実家の整理は、それで終わりかな。
あと少し。


















