リビングのテーブルの下にゴミ箱を置くようになってから、
しばらく出番がなかったのだけれど。
またこれを使うようになりました。
またこれを使うようになりました。
チラシで作る、小さなゴミ箱です。
チラシ…というか、
定期的に届く、地域の情報がぎゅっと詰まったフリーペーパー。
あれを使って、折っています。
使いだすと減るもので、
気づくと在庫が少なくなっていました。
「よし、作っておこう」と思ったものの、
あれ、どうやって折るんだっけ…と手が止まる。
仕方がないので、ひとつ解体してみると、
「あー、そうそう。こうだった!」と、思い出す。
子どものころに覚えた折り鶴なんて、
あんなに手順が多いのに、いまだにスッと手が動くのに。
最近覚えたことは、どうしてこうも忘れるんでしょうね。
そんなふうにして作ったゴミ箱をテーブルに置いていたら、
娘が「これ、便利やね」とひとこと。
「便利よ。あげよか?」と言うと、
「POST COFFEEが届いたときに入ってるチラシ、かっこいいから、
それで作ってほしい!」と。
なんとなく捨てるのがもったいなくて、置いてある。
でも、置いておくわりに使い道がないものってありますよね。
それならちょうどいい。
後日、持ってきたそれで、
折り方を教えながら一緒に作りました。
やっぱり、元の紙がいいと仕上がりもいい。
同じ形なのに、うちのチラシで作ったものとは
見た目が全然違うんですよね。
まぁ…うちはこれでいいんだけど。
とか言いながら、折ったゴミ箱を入れているほうは、
余っていたラッピングペーパーで作っていたりしますけど。
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さて、今日は実家で妹と最終の断捨離です。
母と祖母のアクセサリーなどの小物やアルバム。
私はもう区切りが付いているんだけど、念のため、妹に確認してもらおうと思います。
というのも。
妹は私と違って、物持ちがいいのです。
なんと、私が子どものころに使っていたしおり。
裏に名前が書いてあったので、私のものだと気づいたらしい。
妹はこれを「絵柄が懐かしくて、捨てずに持っていた」のだそう。
こんな感覚を持っている妹から
「もう大丈夫」という言葉をもらえると、
「もう大丈夫」という言葉をもらえると、
私はこの先に進みやすいのです。
全部が全部ではないけれど、
肝心かなめなところで
気持ちを確認することを分かっているから、
気持ちを確認することを分かっているから、
実家の片付けも、全面的に任せてもらえたのかもしれません。
私にとって、モノを手放すことは、
別れではなく未来への準備。
別れではなく未来への準備。

















