「親の背を見て子は育つ」そんな言葉がありますが。

本来は「日常生活でのなにげない親の考え方や行動が、子供の成長に大きく影響する」という意味。
だから普段から言動に気を付ける必要がある、ということなのでしょうが。

シンプルに、自分がこれから通るちょっと先を見せてくれているのだと思うのです。
どうやったって正面には回れないんですね。
どうやったって背中しか見えない。

母のときは遺品整理を通して、モノの持ち方、管理の仕方を考えるきっかけをもらいました。

父からは今、これからどんな風に年老いていくかを考えさせられています。

当たり前のことだけど、10~20代の頃の体ではない。
30~40代のころと同じような働き方は難しい。
みな平等に身体は衰えていくんだけど、衰え方やそのスピードは一様ではない。

父の様子を見ていて、やっぱり私は認知症にならずに最期を迎えたいと強く思うんですよね。

だったら今からやれることがある。

山根先生のお話によると、認知症は予防も改善もできると。
なんとなく知った情報だと、進行を遅らせることはできても、改善することはないという認識でした。



※↑これはYoutubeから探した動画ですが、私が観たのはLINE登録してもらえる動画です
動画を観終えると「医学博士がすすめる 認知症にならない最高の習慣」というネットで読める本がもらえました。
↓このページを読むだけでも理解が深まります
認知症を引き寄せる危険な3つの生活習慣とは?【11/14まで書籍無料キャンペーン中】

でも動画を観る限り、予防も改善もできるというのが納得できる内容でした。
けれどその方法を徹底的にできるかどうか?の問題。

実際、父にその方法をやってみようか?と思ったけれど、とても父ができると思えない。
本人の強い意志があってこそ、なんですよね。

だからといってすべてを取り入れられないからムリ、ではなく。
父でもひとつでも取り入れられることはある。

そして何より、数十年先の自分のためにできることがあるんです。

今の父からは生への執着がまったく感じられません。
だから余計に「親の背を見て」が頭によぎりました。

父が私になにかをしてほしいと望んでいるのではなく。
父の姿を見ることで私がこれからの自分にとってよりよい策を見つけるきっかけにする。
親の背というのはそういう意味なのではないかと。

親のことをしているようで、私はこれからの自分をどう守っていくかを考える時間が増えたんですよね。

長生きしたいわけではないんです。
意志とか理性とかそういうのだけ、最期まで守りたいんですよね。
それさえあれば、どうしたって世話を掛けることになる人たちに、感謝を伝えられる。
まだその経験がないから想像でしかないけれど。

自分のこの先のために今父が身を持って見せてくれていることに感謝。

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予防策といってもこれまでの習慣から変えるのはなかなか大変そうですが
なんだか今の私にはできそうな気がする。
しかもこれから20年もあればさすがに習慣にできるんじゃないか?
何事もちいさなことからコツコツです。



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