昨日は外出予定がなく、のんびりと家で過ごすと決めた1日。
ブログをアップしたあと、1冊の本を手に取りました。
時間はお昼前。
ひとまずお腹が空くまで読んでみよう。
そんな感じでのんびりと読むつもりだったのに、気づけば”おわりに”のページ。
このボリュームの本を一気に読み切っていました。
この私が昼食も休憩も忘れて読んだのは中道あんさんの著書。
「誰かのために」を手放して生きる
ありがたいことに、中道あんさんよりご恵贈いただきました。
あんさんのブログはこちら
著書をいただくということは、本を読んだ感想をご紹介させていただくということ。
私はその準備と思いふせんを片手に読み始めました。
でも途中からふせん、やめました。
なぜならほとんどのページに貼ることになったから。
素敵な装丁。まるでリネンクロスのような質感がとてもやさしい。
読んでいる間、あんさんの言葉に過去の自分を重ねたり、今その悩みど真ん中の友人の顔が浮かんだりしました。
私よりもはるか上の世代の方々にとっては「誰かのため」に存在し、「誰かのため」に命を費やすことが当然のことだったのかもしれません。
けれどその時代に強い意志を持って生きた先輩方の闘いによって、女性も「自分のため」を主張できる時代になりつつありました。
ただ、現在50代の私が子育てをしていた20数年前、それはまだまだ途上も途上だったと思うんですよね。
時代が変わりつつある中で、先を生きている親やまたその親たちによって刷り込まれた「これが正しい」という思い込みの影響はとても大きい。
”自由”を選択することはかなりの勇気が必要で、もがいているうちに誰かの人生のために生きて、自分の人生を置き去りにしてしまうのだと思うのです。
小さくてシンプルなイラストが居心地の良いお部屋をイメージさせてくれます。
人は共に幸せになろうと誓い、結婚し家庭を築きます。
なのにどこで”共に”が歪んでしまうのか。
それは他の誰でもなく、自分だったとあんさんは書かれています。
時代は変わっていくのに、刷り込まれた影響を大切に抱えこんで生きている。
でも抱えているそれは手放していい。
もっと自分の人生を大切にしていい。
ごきげんな妻、ごきげんな母であることが、家族にとって一番いい。
離婚もして子育ても終わった私の今に、まったく悔いはありません。
だけど当時の私がそんな考え方を教えてもらえていたら、また違った生き方を楽しめていただろうと思います。
文中に幾度となく「棚卸し」という言葉が出てきます。
今までのやり方や考え方を手放すのは難しく感じます。
でもこれまで長い時間をかけて積み上げた過去を丁寧に棚卸しすることで、手に入れられることがある。
それは積み上げながら折り返し地点を通過した私たち世代の特権なのだと言われると、試さない手はありません。
文中には、ハードルが低めで、すぐにでも試せる棚卸しの仕方が書かれています。
それは自分で気づけそうで気づけない方法だったりします。
よく「自分軸を持つ」という言葉を聞きますが、あんさんは「自分軸を育てるには…」と書かれているんですよね。
あぁ…ほんとそうだな。
自分軸ってのは持とうと思って持てるものではないんですよね。
「自分で考え、自分で選び、自分で決めて、自分で行動する習慣」の積み重ねで、少しずつ育っていくものですね。
後半には、これからの私にとって参考になるお金に関することが書かれています。
読んでいる途中でしたいことや調べてみたいことなどがフツフツと沸き上がりました。
例えば自分の年金額を調べてみたくなったり、他人にとっては難しいのに、私が当たり前にできることを友人に聞いてみよう!と思ったり。
この1冊に書かれているのはあんさんご自身の体験だけでなく、ご家族をはじめ、ご友人や関わりのある方々とのやりとりから気づかれたことなどもたくさん書かれてあります。
そのやりとりの中から大切なことを発見されるセンサーと、それを活かされる行動力は、あんさんの日々の投稿から伝わってきます。
けれどぎゅっと1冊に凝縮された著書を拝読するとさらに強く伝わってきます。
私たちに与えられた時間は長いようで短い。
だからこそ、いまもなお「誰かのため」に生きていらっしゃる方々へ、あんさんからのエールの言葉をお繋ぎしたいという思いでこの記事を書きました。
折り返し地点を過ぎたからこその楽しみ方があるという希望を描ける1冊です。
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この私が昼食も休憩も忘れて読んだのは中道あんさんの著書。
「誰かのために」を手放して生きる
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私はその準備と思いふせんを片手に読み始めました。
でも途中からふせん、やめました。
なぜならほとんどのページに貼ることになったから。
素敵な装丁。まるでリネンクロスのような質感がとてもやさしい。
読んでいる間、あんさんの言葉に過去の自分を重ねたり、今その悩みど真ん中の友人の顔が浮かんだりしました。
私よりもはるか上の世代の方々にとっては「誰かのため」に存在し、「誰かのため」に命を費やすことが当然のことだったのかもしれません。
けれどその時代に強い意志を持って生きた先輩方の闘いによって、女性も「自分のため」を主張できる時代になりつつありました。
ただ、現在50代の私が子育てをしていた20数年前、それはまだまだ途上も途上だったと思うんですよね。
時代が変わりつつある中で、先を生きている親やまたその親たちによって刷り込まれた「これが正しい」という思い込みの影響はとても大きい。
”自由”を選択することはかなりの勇気が必要で、もがいているうちに誰かの人生のために生きて、自分の人生を置き去りにしてしまうのだと思うのです。
小さくてシンプルなイラストが居心地の良いお部屋をイメージさせてくれます。
人は共に幸せになろうと誓い、結婚し家庭を築きます。
なのにどこで”共に”が歪んでしまうのか。
それは他の誰でもなく、自分だったとあんさんは書かれています。
時代は変わっていくのに、刷り込まれた影響を大切に抱えこんで生きている。
でも抱えているそれは手放していい。
もっと自分の人生を大切にしていい。
ごきげんな妻、ごきげんな母であることが、家族にとって一番いい。
離婚もして子育ても終わった私の今に、まったく悔いはありません。
だけど当時の私がそんな考え方を教えてもらえていたら、また違った生き方を楽しめていただろうと思います。
文中に幾度となく「棚卸し」という言葉が出てきます。
今までのやり方や考え方を手放すのは難しく感じます。
でもこれまで長い時間をかけて積み上げた過去を丁寧に棚卸しすることで、手に入れられることがある。
それは積み上げながら折り返し地点を通過した私たち世代の特権なのだと言われると、試さない手はありません。
文中には、ハードルが低めで、すぐにでも試せる棚卸しの仕方が書かれています。
それは自分で気づけそうで気づけない方法だったりします。
よく「自分軸を持つ」という言葉を聞きますが、あんさんは「自分軸を育てるには…」と書かれているんですよね。
あぁ…ほんとそうだな。
自分軸ってのは持とうと思って持てるものではないんですよね。
「自分で考え、自分で選び、自分で決めて、自分で行動する習慣」の積み重ねで、少しずつ育っていくものですね。
後半には、これからの私にとって参考になるお金に関することが書かれています。
読んでいる途中でしたいことや調べてみたいことなどがフツフツと沸き上がりました。
例えば自分の年金額を調べてみたくなったり、他人にとっては難しいのに、私が当たり前にできることを友人に聞いてみよう!と思ったり。
この1冊に書かれているのはあんさんご自身の体験だけでなく、ご家族をはじめ、ご友人や関わりのある方々とのやりとりから気づかれたことなどもたくさん書かれてあります。
そのやりとりの中から大切なことを発見されるセンサーと、それを活かされる行動力は、あんさんの日々の投稿から伝わってきます。
けれどぎゅっと1冊に凝縮された著書を拝読するとさらに強く伝わってきます。
私たちに与えられた時間は長いようで短い。
だからこそ、いまもなお「誰かのため」に生きていらっしゃる方々へ、あんさんからのエールの言葉をお繋ぎしたいという思いでこの記事を書きました。
折り返し地点を過ぎたからこその楽しみ方があるという希望を描ける1冊です。
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