私は子供のころから人の顔色を伺う性分でした。

怒ってるのかな?
機嫌悪いのかな?
嫌われてるのかな?

様子を見ながら勝手に想像して、勝手に気を遣って、勝手に落ち込む。

そういうことにすごく疲れてしまって、「見ざる・聞かざる・言わざる」でいこう!と決めた時期がありました。
とかく人間は他人の過ちや欠点に興味を示すが、悪しきことは、見たり聞いたり言ったりないほうがよいという戒め。(参考)故事ことわざ辞典
見て・聞いて・言うと、人との距離はぐっと近づき仲良くなれる。

だけど、見方・聞き方・言い方ひとつで大きな誤解を生み、築き上げた関係にヒビが入る。

ヒビくらいなら補修できるけど、割れてしまうことだってある。

私は十数年前のある時期、それをすごく恐れて、見ない・聞かない・言わないフリを続けたんですね。

フリは結局フリでしかないし、十数年経った今の私もフリなのかもしれないけれど、頭の片隅にそっと置いておくだけで、私は気づいて反省できる。

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暖かくなってきたので電気敷毛布を片付けました
寒い時期はこの配置がベストでした♪


以前、川畑のぶこさんという方のメルマガで見かけた言葉です。
つながれる人にはちゃんとつながれる、ということを信頼する
不快だなぁとか自分の豊かな人生の勇気づけにならなくても、その人達は別のところで別の誰かの勇気づけになっていることを信頼する
見ざる・聞かざる・言わざるは、戒めの意味が込められているだけに、ちょっと厳しい言葉の雰囲気があります。

だけど川畑のぶこさんの言葉は、人との距離感に対して優しさや平穏を感じました。

信頼の上で距離を取る。

この言葉のおかげで私はとてもラクになりました。

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久々の完全リセット…というくらい、私は溜めて一気に片付ける派
散らかしていることもあるけれど、要らないものは何ひとつないと断言できる部屋です


友人たちとの会話から過去の自分を思い出すことが多々あります。

あの時期があったからこそ、今の私がいる。

振り返ればあの時期をすっ飛ばせるショートカットがあることが分かります。

だけどそれを使えるのは自分が自分に対してだけなんですね。

仮にその方法を伝えたとしても、使うには覚悟と度胸が必要だったりする。

だからどんなに話を聞いても、私がどうにかできることではなくてもどかしいんだけど。

抜け出せるまで、一緒に並走して声を掛け続けることが、私に与えられた役割なのかな?と思っているのです。

一緒に走るにはこちらも体力が必要で
なので私自身も鍛え続けられる環境をもらえているってことだと思うのです。



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