最近、遺品整理のお手伝いをしています。

生前にかなりご自身で整理をされたらしく、最期へのご覚悟と決別の潔さを感じます。
それでも遺った服や下着、細々したモノたちを手に取りながら、モノを持つことの儚さを痛感。

せめてよりよいモノが次々と生み出される恵まれた時代に生きていることに感謝して、得ることと手放すことのバランスを取りながら快適に過ごそう。

そんな風に思うのです。

我が実家といえば、母の遺品整理をしたあとの父の暮らしは相変わらずシンプルです。
モニタリングしたいくらい定位置が変わらない。

遺品整理のお手伝いをしているお宅も同じく。

元々きれい好きなのもあるでしょうが、共通しているのが「忘れてしまう」から。

50代の私でも年々忘れっぽくなっていると感じているけれど、どうやらそういうレベルではないくらい忘れてしまうらしい。

父はその延長上の不安を口にするようになったので、気に掛けておこうと思うこの頃です。

そういえば!

先日父と妹とある相談事で集まった時のこと。

私が買っていったコーヒーを父が飲もうとしたとき、

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ストローを差す上蓋を外し、上のアルミのところを剥がしてカップ状にして飲もうとしたんですよ。

あーーーー!
これと同じ光景を数日前に見たばかりだ!
と、思わず撮影。

そうなんです。
遺品整理のお手伝いをしている80代の方も、同じように全部剥がしてカップ状にしていたんですよね。

「お父さん、それ横のストローを上から差して飲むんよ~」

で、ようやくストローの存在に気づいたんだけど、父曰くストローの差し口が見えていないらしい。

私は見えるからなんの説明もなく穴にストローを差して飲むって分かるんだけど…見えづらくなって、そして分かりにくくなるんだなあ…。

ずいぶん若いときに今の自分くらいの人たちの会話を聞いて、
「あれよ、あれあれ!」
「あのなんとかっていう人よ!」
…と、あれとかそれとかなんやらとか、ほぼ名詞が出てこないのを他人事のように見ていたけれど、ちゃんと追いかけてますもんね

なので父たちの世代の話や様子は、ちょっと先の自分だと思うようになったんですよね。

できるだけ時代の便利さにあやかりたいけれど、さてどこまでついていけるか。

70代の父はまったくLINEできないけど、80代の方はLINEも画像の送信もサクサクされる。

興味を持つか、持たないか?の差もあるのかなぁ…。

日々、学ばせてもらっています。



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