昨日のブログでは
もし私がモノを手放せない性分だったら?
というお話をしましたが、
今日は娘の立場から
モノを手放せない親に対して
どんな風に声を掛けるか?
というお話をしたいと思います。

モノを手放しづらい親の気持ちは?

母親との会話を思い出してみます。

子世代から見れば意味のないものに見えても
親にとっては何かしら愛着のある
手放しづらいものなのだと思います。

捨てたいけど捨てられないのか
使わないけど持っていたいのか
モノへの思いはたとえ親子とはいえども
理解できないことがあります。

モノが高く積み上げられ
収納家具や収納アイテムで床面積は狭くなり
その状況がはたからは危険に見えても
本人にとってはそれらがそこに在ることが
当たり前の日常。
それらを交わしながら歩き
避けながら作業することが当たり前すぎて
不便がないのだと思うんですよね。

自分では不便に感じていない日常を
周りから指摘されることで
咄嗟に抵抗が生まれるのだと思います。

もしくはどうにかしないといけないと
分かってはいるんだけど
慣れている生活を変化させることに
何かしらのブレーキがかかっているか…。

だから抵抗を生まないような
ブレーキがかからないような伝え方が
とても大事なのだと思うんですよ。

私の場合は母から
「片づけるのは私がいなくなってからにして」
と、シャッターを下ろされていたので
状況を知りながら一切触れませんでした。

でも母の体調が変わり母自身が
思う通りに動かない頭や体にストレスを感じ
日々の暮らしに不便が生じるようになって
そこで初めてこの現状をどうにかしよう…
という気持ちになったように思います。

その気持ちが後戻りしないように
決して母のモノの持ち方、暮らし方を
否定することなく
ただただこの現状から少しでも
動きやすい部屋にするというゴールを
イメージしてもらいながら
足元から少しずつ片づけようって
声を掛けることで
実家の片づけはゆっくりと進み始めました。

ただ、いろいろ遅かったなぁ…という
反省は残りましたね。

母と一緒に片づけられたのは
ほんのわずかなスペースでしたもんね。

母にシャッターを下ろされていたあの当時、
私は意地もあって「もう絶対何もしない!」
って思ってしまったけど
もし今の私が母に声を掛けるとしたら

なにか困ることや不便なことがあったら
その時は手伝うから遠慮なく言ってね。


とだけは言っておくかなぁ…と思います。

自分自身が50代になって思うけれど
30代のころの体力やパワーはありません。

いくら模様替え好きとはいえ
それでもひしひしとその違いを感じます。

なので親も元気そうに見えて
気力体力は衰えていくと思うんですよね。

ちょっと片づけようかな?という
気持ちがよぎったときに
その衰えが手を止めてしまうんですよ。

そんなときにかけた言葉を思い出して
「ちょっと手伝ってもらおうかな?」と
思ってくれたら
また違っていたのではないかなぁ…
なんて思います。

今の私なら、次から次から出てくる
わけの分からない雑貨たちのことを
面白がりながら
一緒に片づけられただろうになぁ。

これは私と母の場合ですが
結局のところ親と自分と環境の掛け合わせで
状況はそれぞれに違います。

声の掛け方やタイミングを見つけるために
どれだけ会話ができるかという
コミュニケーションが大事だと思います。

IMG_5343

ちなみにこの木製のアタッシュケース。

母と片づけを始めたころに
母が処分しようとしたのを貰ってきました。

母がいらなくなったものが
私にとっては必要なものになりました。

このケースを見ると
その当時のやりとりを思い出せますね。


ではまた♪



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