私が結婚を決めたのが27年前の今頃。
22歳のときでした。

今でこそおめでた婚と呼ばれているけど、当時はできちゃった婚と言われていました。
順番が違うとずいぶん非難を浴びたものです。

私の場合、それに加えて元夫が子供を連れての再婚だったことが親の反対する気持ちを増幅させました。

相手の状況がどうということよりも、私なんぞが耐えられるはずがない、という心配だったと思います。
そりゃそうですよね。
私は日々の関わりで元夫の人柄が分かっているけれど、親は突然箇条書きのような情報のみで判断してしまいますもんね。

私自身は高卒で社会人になり4年が経ち、大人になったつもりでいるけれど、親からすればまだまだ学校を出て間もない子供だったのでしょう。

そんな子供が結婚?ましてや子供を産むだなんて!
そればかりか前妻との子供を育てていくなんて!

母は怒りや不安が渦巻いて混乱し、一切口を利いてくれなくなりました。

元々家族そろって食事をする時間もほとんどなければ、会話もない親子だったけど、それでも顔を合わさないように、話を聞かずにすむようにと明らかに避けられるのは堪えましたね。

そうして時間を置くことで私が冷静になるようにと期待もあったのかもしれませんが、むしろ家を出る気持ちが強くなりました。

高校進学の時も就職の時も、母の泣き落とし説得に負けて自分の希望を曲げた過去があります。
曲げたにせよ最終的には自分の決断。

けれど納得のいかないまま判断したその選択にしこりがのこり、それをずっと母のせいにしました。

だから今回は絶対に私は曲げない!
私は私の思うとおりにする!

母の言うことを聞かなかったのはこの時が初めてだったと思います。

親が決めたことは親のせいにできるけど、自分で決めたことは誰のせいにもできない。

自分の思いを貫く限りは、絶対に幸せな家庭を作ってみせる。
そのためならどんなことだって乗り切ってやる。
今の私の現状を知っている方はツッコミどころ満載でしょうがひとまずここはスルーしてください

この時の感情が今の私の土台になっているのは間違いありません。

ただ振り返って思うのは、20数年そこそこの経験値では決断するための情報が少なすぎました。

私の子育てはそんな経験が大きく影響しています。
ずっと揺るがなかったのは自分で決めることの大切さ。

私は娘が視野を広げて考えられるように伝えられる限りの情報を提供し、最善の選択ができるようにアシストするだけ。

自分で選んだという自覚があるからこそ、正解にしようとする動きになる。
その繰り返しは小さな訓練となり、これからの娘を支える経験値として積み重ねられる。

私は決断に意地を張ってことを大きくしてしまうけれど、娘のすごいところは失敗だと気づいたときに、それを受け止めて反省し、事実を歪めることなく報告し、正しく助けを求めてくるところ。

さらに助けられたことに安堵せず、最後まで後始末をやりきるところ。

そんな娘の成長に反面教師として役に立てているのだとしたら、生きてきた甲斐があったってものです。

ワークスペース_2748

今日のワークスペース。
喉が乾けばすぐ天然水が飲める。
我ながらこの配置に大満足。

愛用しているフレシャスの公式サイト内で
インテリアスタイリストの窪川勝哉さんに
素敵なコメントを書いて頂きました。



今日は頭と気持ちの休憩。
TVをつけず情報から離れて過ごそうと思います。



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