
私と娘の写真はブログを始めてからの数年で
何度かに渡って整理してきました。
私の写真はほぼ処分。
あまり自分の写真は好きではないんですよ。
大切なことを思い出させてくれるものだけ
選んでデータ保存しました。
一方娘の写真は、
アルバムを入れ替えたり収納を変えたりして
何度か動かしましたが、
最終的に娘がしっかりちゃんと写っている
ベストショットを選んで残しました。
娘が小さい頃はまだデジカメもスマホもなく
プリントするまで仕上がりが
分からなかったので、ピンボケも多い!
また、保育園や学校から購入する写真は
1mmでも写り込んでいたら買ってたから
「ウォーリーを探せ!」的に ←知ってる?
娘がどこに写っているのか見つけるのに
時間がかかるものも多かったです。
このポケットアルバムに選び残した写真は
どのページをめくっても
当時の光景を鮮明に思い出されるものばかり。
そろそろこのアルバムを娘に手渡そうと
私はデータで持っておくことにしました。

これは娘が初めて私に作ってくれた卵焼き。
ピントがあっていなくてぼんやりした写真。
だけど作ってくれた娘の様子も
これを食べた時の私の気持ちも思い出せる。
初めて炊飯器で炊いてくれたご飯も撮っていましたよ
これもピンボケと湯気で米粒が見えないけど

娘に引き継いだポケットアルバム2冊を
入れていた思い出ボックス。
データ化したことで余裕ができました。
同じく整理して少なくなったXmasの飾りを
一緒に入れたので
ボックスの数も減らせました。

私が持ち続けると決めた思い出の中身の
7割?を占めているのは
娘の保育園時代の連絡帳。
先生と私の交換日記みたいになっていて
どの連絡帳のどのページも面白い!
また先日もふいに開けてみたら、

中途で入園した時のノートの余白部分に
娘が自分で何かを書き込んでいました。

まだ字が書けなくて、ぐしゃぐしゃっと
書きなぐってもいい年頃だろうに
娘はちゃんと枠内に書いて埋めようとしたんでしょうね。
大人のすることをよく見ています。
そう!よーく見ているんですよ!
だから娘がどう生きるかなんてことを
正論で投げかける前に
まず私がどう生きているかが大事。
今の娘の生き方と比べたら
私の人生の選択なんてハチャメチャです。
ハチャメチャな母親を見て育った
我が娘の選択の感覚はお見事です。
反面教師としての役割は果たせていると思いたい

そんな娘のちょっと先を歩く
一番身近な大人としての
自分の理想くらいは叶えたい。
部屋を整えるというのは
私にとってそういう意味も含まれています。
だからいつまでやっていても楽しい。
…という目標や楽しみでもないと
堕落していく自分を知っているんですよね
3月11日です。
いつもの日常とは違う思いを噛みしめて過ごします。
そんな今日も見にきてくださってありがとうございます。











