なになに…
嬉しい週末になんだか穏やかじゃない
タイトルねぇ…と思われたでしょうか。

私はこの言葉を
「やられたらやりかえす」という意味で
使っていました。

「違う意味があるらしいよ」と
教えてもらったのは、ほんの2~3年前。
友人と20代前半の頃の話をしていた時でした。

当時の我が家には多くの友人たちが
遊びに来てくれていました。
家に来て何してたかってプレステですよ。
もちろん初期の。
スーパーファミコンも持っていた気がする。

あの当時、我が家で流行っていたのは
みんなで遊べるマリオカートとか
ボンバーマンとかぷよぷよとか。

元夫は仲間内ではゲームが強くて
それもただ勝負に勝つっていうレベルじゃない。
いかに相手を悔しがらせて勝つか!ってことが
楽しくてしょうがない性質でした。
私の妹は今でもあの悔しさを当時の熱量で語ります。
あ、妹も見事に犠牲者。


友人たちがターゲットになっている間は
私も一緒になって笑っていました。
が、自分が同じ目に遭わされようものなら
それはもうムカつくのなんのって。

ぜーったい同じやり口で負かしてやるーーー!
とひっそり夜中に布団を抜け出し、
夜な夜な特訓したのは一晩や二晩ではありません。

その特訓の成果もあり、いつものメンバーの中では
元夫とするにはまず私に勝ってから…
という登竜門になるほどの腕前に。
今やなんの役にも立たないけど…

当時のそんな話をしているときに
「あの頃は目には目を、歯には歯をで、
やられたらやりかえさないと
気がすまなかったんだよね」
という話の流れだったのでした。

これはたかだかゲームの話。

でも振り返ってみれば当時の私には
『やられたらやりかえす』という感覚と同時に、
『やったんだからやりかえしてよね』
『私はここまでやってるんだから、同じくらい返してよね』
という見返りを求める気持ちを持っていたと思うんですよね。

その時点ですでに
「自分が犠牲になっている」
という感情が生まれているのだと思います。

30代前半でシングルマザーになり
とにもかくにもやらざるを得ない状況に
飛び込んでからの数年で私の中から
「見返り」という感覚が縁遠くなりました。

今思えばあの感情を持っている時の方が
精神的にしんどかった。

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年齢を重ねるほどに
体のあちこちが不便になるのを感じるけど
今はこの部屋にたどり着くことができ
気持ち的にも何かとラクになっているのを
実感しています。

この調子でいくと70代ぐらいになったとき
私は「仏のcoyuki」になれているんじゃないかと思う

で、結局あのゲームのくだりは必要だったのか?
と内心思っているけど
そこに費やした時間を後悔したくないので
このまま投稿します

「目には目を、歯には歯を」
原文を正しく訳すと
「目には目、歯には歯」らしく
その意味となるとあまりにも深い解釈があり
ここで私が説明するにはまだ情報が充分ではなく…
中途半端でごめんなさい!
私もその友人から「ちょっとググってみて」
と言われたほど一言では説明しづらい(^^;



今日も見にきてくださってありがとうございます!
良い一日になりますように♩

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